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2012年8月 7日 (火)

植原繁市氏の詩碑が出てきました *追記あり

Shihi

Shihi1

現在、長楽園グラウンドの土砂は撤去され整地作業が進んでいます。山積みになった土砂を撤去する際にその土砂の中から植原繁市氏の詩碑が出てきました。
大きなものであるにもかかわらず、どこにいったのか全くわからずに正直あきらめかけていました。
本当によかったです。それ以外にもお墓の部品、石仏などもいくつか見つかりました。
それが上記1枚目の写真です。

 さて、この詩碑は上記の2枚目の写真でご覧いただけるように、私が生まれた時にはこのような形ですでに境内にあったもので、子供のころはあまり気にしていなかったのですが、大きくなってからその詩を改めて読んでみますと、なんとも味わい深い詩です。私は大藤山の山中で木をゆする男性の後ろ姿を思い浮かべました。さみしさや悲しみのようなものがじんわりと伝わってきます。
そしてこの詩碑の文字は前住職のものです。自分の祖父だからというのでなく、とても素敵な字です。
その詩を載せておきます。

『人に告ぐべき
寂しさにはあらぬ
ゆふぐれをひとり杜にきて
しみじみと樹をゆする
泣けばとてかへるものかよ
告げばとて癒ゆるものかよ
しみじみと樹をゆする』
             

植原繁市氏について、長楽寺案内冊子より抜粋します。(これは高橋夏男先生による紹介文です)

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 植原繁市の文学活動は、唯一の詩集『花と流星』(1934)の詩人として青年時代と、俳人植原枝月として「番茶くらぶ」を中心に活躍した後半生に二分される。その他に、かなりいの地蔵文学、民謡、評論、感想の類があって、多彩な創作活動をしのばせるのであるが、作品の質と量からみて、やはり詩人の植原繁市というのが表の顔であろう。早く1926年(大正15年)に短唱3篇が生田春月の選で「文章倶楽部」(新潮社)に入選するという幸運なスタートをきり、つづいて西条八十(後に横山青娥)の主催する詩誌「愛誦」にしばしば作品が載り、広く注目されるようになった。
 
 
 
 作風は、詩集題名が示すように、わずらわしい現実生活に一線を画して、ロマン的抒情世界を感受性豊かに歌い上げるものであり、その感覚とイメージの新しさは近代叙情詩あざやかな彩りを加えた。
明治41年3月志方町横大路に生まれ、昭和46年3月没。
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またこの詩碑は必ず長楽寺境内に設置します。
その時は、災害から約11か月行方不明であったその経緯も含め
是非いちど立ち止まってじっくりとこの詩の世界を味わっていただきたいです。

追記:

加古川ファンの思い出」というサイト内に災害前の詩碑の写真が掲載されていました。また植原繁市様にまつわる記事も同時に掲載されています。管理人さんの許可を得てリンクをさせていただきましたのでご興味のある方はどうぞ。
http://www.geocities.jp/askawa2/index.html

ちなみに掲載写真をいただきました。
桜のきれいな頃ですね。懐かしい・・・。
貴重な写真ありがとうございました。

Photo

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コメント

見つかってよかったですね。
境内にあったものが、押し流されて下の駐車場も長楽園も飛び越えて、さらに道路もつっきって長楽園グランドまで流れていたことになりますね。
100m以上も押し流されたんでしょうか。

ともかく、植原繁市の由緒ある歌碑が見つかってよかった。
繁市は、志方町在住の詩人でしたが、加古川市制20周年を記念して昭和45年に制作された「新加古川音頭」の歌詞を作り、その詩に、富田砕花が補作してできたものです。
今、盆踊りによく使われている「新加古川音頭」の歌詞はこの人の歌詞なのです。

>菅原様
おそらく詩碑は流されたのでしょうね。ユンボで傷ついたようなかんじの跡もないですから。この詩碑をこれだけの距離押し流した土砂の勢いを考えただけで背筋がぞくっとします。
植原様はこの「新加古川音頭」の歌詞を完成された後に亡くなられたということでしょうか。また今年はちがった意味で盆踊りを楽しめそうです。
それから貴重な写真もありがとうございました。実は私のパソコンにたくさんの長楽寺の写真が保存されていたのですが、災害後(災害でというわけではないと思うのですが)全く復帰できなくなってしまい、災害前の長楽寺の写真をほとんど失っています。
だからこういった写真は非常にありがたいのです。
本当にありがとうございました。

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